大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和55年(ワ)522号 判決 1985年10月25日

原告 野間慶太

右訴訟代理人弁護士 小長井良浩

同 興津哲雄

被告 田島亮

<ほか一名>

右訴訟代理人弁護士 佐久間哲雄

同 若林律夫

主文

一  原告に対し、被告田島は金三七七五万円、被告新井は金三五七五万円及び各金員に対する昭和五六年一月一九日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は、各自原告に対し、金三七七五万円及びこれに対する昭和五六年一月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告田島は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外北欧貿易株式会社(以下「本件会社」という。)は、昭和五四年二月二一日設立され、貴金属の輸出入及び売買並びにその仲介を業としている。

2  原告は、本件会社に対し、昭和五五年七月を限月とする先物の金の買付けを委託し、本件会社はこれを東京ファミリー貿易に取り次ぎ同社をして香港金市場において原告の計算で金の買付けを行わせる旨を約したので、原告は次のとおり、その予約金として現金又はその代用としての金地金を本件会社に預託した(以下、これらの取引を「本件取引(一)ないし(八)」という。)。

買付け年月日 買付け数量 予約金

(一) 昭和五四年八月一六日 一〇キログラム 金地金一キログラム

(二) 同月二三日 二〇キログラム 金地金二キログラム

(三) 同月二九日 二〇キログラム 金地金二キログラム

(四) 同年九月一〇日 二〇キログラム 現金三〇〇万円

(五) 同月二〇日 二〇キログラム 現金二四〇万円

(六) 同年一〇月八日 一〇キログラム 現金二〇〇万円

(七) 同月三一日 一〇キログラム 現金二〇〇万円

(八) 同年一二月一四日 一〇キログラム 現金二〇〇万円

《以下事実省略》

理由

一  請求の原因1の事実は、各当事者間に争いがない。

二  請求の原因2の事実

1  本件会社が原告からその主張のとおりの年月日に、その主張のとおりの額の現金又はその主張のとおりの量の金地金の預託を受けたことは、原告と被告田島との間では争いがない。

2  《証拠省略》によれば、原告と被告新井との間でも右の各事実を認めることができる。

3  そこで、本件取引(一)ないし(八)の内容について検討する。

(一)  成立に争いのない甲第二ないし第七号証の各一(本件取引(二)ないし(七)の各買付注文書)には、いずれも、次のとおりの趣旨の記載がある。

(1) 予約取引の場合は、顧客は、本件会社に対し、注文時に金一キログラム当たり二〇万円の予約金又は予約金代用の金地金を納入し、期限の一五日前までに総代金の五〇パーセントを納入し、さらに金地金と引換えに残金を納入する。

(2) 予約取引の場合、注文価格に比べ国際市場価格及び外国為替相場の激しい変動により、スイス、ロンドン、ニューヨーク、シカゴの四市場の平均価格の国内換算価格及び外国為替相場の換算価格の結果、予約金の担保力が半減した場合、その予約金の半額又はそれ以上を翌営業日までに補てん納入するものとし、納入しないときは、買主の勘定において、本件会社が任意に処分することができる。

(3) 予約金の担保として、有価証券又は金地金を差し入れた場合、右支払は現金をもって納入し、なお、納入しないときは、損害充当のため本件会社が任意に処分することができる。

(二)  《証拠省略》によれば、本件(一)及び(八)の各取引についても、右と同内容の買付注文書が作成されていたものと認められる。

(三)  右各買付注文書の記載のみから判断すると、本件取引(一)ないし(八)は、期限において、本件会社が原告に対し、残代金の支払と引換えに現物の金地金を引き渡す内容の繰延勘定取引であるかのようである。

(四)  しかしながら、《証拠省略》によれば被告田島は、本件会社の代表取締役として、本件会社の静岡支店長相内正博らに指示して、原告などの顧客に対し、「本件会社は、顧客から委託された金の先物の買付けを東京ファミリー貿易に取り次ぎ、同社をして香港金市場で顧客の計算において金の買付けを行わせ、顧客は、期限までの間、いつでも買付けにかかる先物の金を他に転売するよう申し出ることができ、本件会社は、右申出があった場合は、当然これに応じて、その時点で、差金決済をする。顧客が期限までに右申出をしないときは、本件会社が買付けにかかる金をその時点で他に転売して差金決済する。」旨説明させ、現実にもそのように行っていたこと、原告は、右説明を聞いて、本件取引(一)ないし(八)のとおり、本件会社に対し金の買付けを委託したことが認められるから、本件各取引は原告主張のいわゆる「先物取引」の取次ぎであり、前記各買付け注文書の記載が原告と本件会社との間の取引内容を正確に記載したものとはいえない。《証拠判断省略》

(五)  また、前記甲第二ないし第七号証の各一(買付け注文書)には、いずれもその買主欄に原告の氏名が記載されているが、売主欄は、「売主」という字の右方は空白で、その字の下に横線が引かれ、その下欄に本件会社の名が記載されており、これだけでは、本件取引(二)ないし(七)が被告主張のように原告と本件会社との相対売買であると認めることはできない。

三  原告は、本件取引は、商品取引所法第八条に違反し無効であると、主張する(請求の原因3)ので、この点について検討する。

1  商品取引所法第八条第一項は、「何人も、先物取引をする商品市場に類似する施設(証券取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第二項に規定する有価証券市場を除く。)を開設してはならない。」と規定し、同条第二項は、「何人も、前項の施設において売買してはならない。」と規定しているが、右規定の趣旨は、前記有価証券市場及び同法第二条第二項に定める商品の商品市場以外の商品市場に類似する施設の開設を禁止しなければ、国家の適正な規制に服しない施設が自由に開設、運営され当該商品の需給事情いかんによっては、思惑的かつ大規模な投機が行われるに至ることは自然の勢いであり、その結果、いたずらに国民の経済生活に不安、動揺を与えるおそれがあることから、前記有価証券市場及び同法第二条第二項に定める商品の商品市場以外に、組織的かつ継続的な差金取引を目的とする売買組織を開設することができないこととするにあると解される。

2  ところで、本件会社は、前記のとおり顧客から先物取引の取次ぎをすることを業務としていたのであるから、同法第八条第一項に規定する商品市場に類似する施設ということはできない。次に、《証拠省略》によれば、東京ファミリー貿易は、顧客から先物取引を取り次いだ本件会社等からの委託を受けて、さらにその先物取引を取り次ぎ、香港金市場において、金の先物取引をする会社であることが認められるから、右会社もまた同法第八条第一項に規定する商品市場に類似する施設ということはできない。

3  香港金市場は、日本国外における金市場であるから、そこで行われる売買は商品取引所法が規制の対象とする売買ではなく、東京ファミリー貿易が本件会社等から先物取引を取り次いで香港金市場で、先物の金の取引を行うことは、同法第八条第二項の規制の範囲外であり、したがって、本件取引は、同法第八条第二項の規定に違反する売買であるということはできない。

四  請求の原因4について

1  《証拠省略》によれば、本件(二)ないし(八)の各取引の限月は昭和五五年七月末と認められる。

2  《証拠省略》によれば、本件(一)の取引についても昭和五五年七月末を限月と定めていたものと認められる。

3  従って、右期日の経過により本件各取引は終了し、本件会社は原告から預託を受けた金地金及び現金を保持する法律上の原因を失った。

4  被告らは、納期の五日前までに原告が総代金の五〇パーセントを本件会社に支払うべく、これを怠ったときには商慣習に従い予約金は没収される約定があったと主張するけれども、前掲甲第二ないし第七号証の各一には「上記に記載なき事項については一般商慣習に従うことといたします」旨の記載があるだけで、しかも、前記認定のとおり、本件会社は、原告ら顧客に対し、本件会社が顧客から先物の金の買付けの注文を受けたときは、これを東京ファミリー貿易に取り次ぎ、同社が香港金市場において、金の先物取引をすると説明し、原告ら顧客は、右説明を受けて、本件会社との取引に入ったものであるから本件取引(一)ないし(八)における各予約金は、手付金たる性質を有する金員ではなく、むしろ、原告と本件会社との間における先物の金の買付けを内容とする委託契約を担保する性質を有し、証券取引及び商品取引における委託保証金と同一の性質の金員であるというべきである(このことは、前掲甲第二ないし第七号証の二、第八号証の一に「予約金又は手付金」と記載されて両者がはっきり区別されている点からも明らかである。)。

《証拠判断省略》

五  請求の原因6について

1  《証拠省略》並びに各当事者間に争いがない事実によれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  本件会社の設立当時、村岡博治及び被告田島が本件会社の代表取締役に就任した。そして、同時に、被告新井が本件会社の取締役に就任した。

(二)  本件会社は、その設立当初から、それまで村岡の縁のあった東京ファミリー貿易に会員として加入し、顧客から委託された金先物取引をさらに同社に委託し、同社が香港金市場において、委託にかかる金先物取引をしていた。

(三)  昭和五四年六月ころ、本件会社は、東京ファミリー貿易から、国際金相場の変動を理由として一五〇〇万円程度の追加保証金の支払を求められた。そこで、被告両名がこの点について相談した結果、右保証金を供すべきであるとの村岡の意見を排除し、本件会社は、東京ファミリー貿易に対し、右支払をしないこととしたため、同年八月、本件会社は、東京ファミリー貿易から同社との取引を打ち切られた。

(四)  そのころ、村岡と被告両名とが本件会社の経営方針につき争い、その結果、村岡が昭和五四年六月一九日に代表取締役を辞任したため、その後は主として被告田島が本件会社の業務を遂行していた。

(五)  その後、本件会社は、金市場において金の先物取引を業務とする他の業者と提携することはなく、自ら金市場において金の先物取引をすることもなかった。しかし、原告ら顧客に対しては、右事実を知らせず、あくまでも本件会社は、実際に香港金市場に金先物取引を取り次いでいるものと虚偽の説明をし、顧客から金の先物取引の委託を受け続けていた。そして、本件会社は、顧客から右委託を受けながら、その委託を実行せず、いわゆるのみ行為をし、その内実を原告ら顧客に知らせることはなかった。

(六)  昭和五四年一一月二二日、本件会社は、金取引等を業務とするナショナルゴールドセンターに加入したが、右加入後も、原告から先物取引の委託を受けながら、これを、ナショナルゴールドセンターに取り次ぐことはなかった。

(七)  本件会社は、金価格の高騰により多大の損失を受け、昭和五五年五月末に倒産した。

(八)  《証拠判断省略》

2  右認定事実によれば、本件会社は、原告ら顧客に対し、金の先物取引の取次ぎをすると虚偽の説明をして原告ら顧客を欺き、原告ら顧客から金の先物取引の委託を受けて予約金を預りながら、右委託を実行せず、いわゆる「のみ行為」をしていたもので、そのため、本件会社と顧客との実質的関係は、金相場の変動によってその一方が利益を得れば他方が損失を被るという投機性及び賭博性の強い性質を帯びるに至ったため、金価格の異常な高騰により倒産したものということができる。

3  したがって、被告田島は、本件会社の代表取締役として、悪意をもって、本件取引に関し、その職務を遂行したといえる。次に、《証拠省略》によれば被告新井は、本件会社の資本金を全額出資し、本件会社設立当初から取締役に就任して昭和五四年二月二六日に辞任するまで、月々業務遂行状況の報告を受けるなどして、本件会社の業務に関係していたものであるところ、前記のとおり東京ファミリー貿易から追加保証金の提供を求められたときは、被告田島と相談し、社長である村岡の反対を押切って右支払はしないこととし、その結果、本件会社が東京ファミリー貿易から同社との取引を打ち切られた後は、金市場において金先物取引を行う業者と提携せず、自ら金市場において取引をすることもしないという被告田島の方針を容認した事実が認められる。(《証拠判断省略》)すなわち、被告新井は、本件会社の取締役として、本件会社の意思決定に関与し、その結果、本件会社が原告との間で本件取引(一)ないし(七)をするに至ったものであり、同被告もまた、悪意をもって本件会社がその会社業務として本件取引(一)ないし(七)をするのに関与していたというべきである。

よって、被告両名は、本件取引(一)ないし(七)の取引によって原告に与えた損害について連帯して賠償する責任があり、また被告田島は、本件(八)の取引によって原告に対して与えた損害について賠償する責任があるというべきである。

六1  前記のとおり、原告は、本件会社に対し、本件取引(一)ないし(八)の各取引が終了した昭和五五年七月二八日から、各予約金の返還を求めることができたところ、《証拠省略》によれば、同日現在の金の買価格はグラム当り金四六七〇円であると認められるから、原告は、本件会社に預託した予約金である現金合計一一四〇万円及び金地金合計五キログラム(金二三三五万円相当)の損害を被ったということができ、右損害のうち本件取引(一)ないし(七)の予約金である現金合計九四〇万円及び金地金五キログラム(金二三三五万円相当)合計金三二七五万円の損害は被告両名が本件会社の業務として遂行した本件取引(一)ないし(七)と相当因果関係のある損害であり、本件取引(八)の予約金現金二〇〇万円相当の損害は、被告田島が本件会社の業務として遂行した本件取引(八)と相当因果関係のある損害というべきである。

2  本件事案の難易・請求額・認容額など諸般の事情を考慮すれば、原告が弁護士に支払うべき報酬のうち金三〇〇万円をもって、それぞれ、被告両名の前記職務執行と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

七  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなくいずれも商法第二六六条の三の規定に基づき、被告両名は、原告に対し、連帯して、(一)ないし(七)の予約金相当の損害金三二七五万円及び弁護士費用相当の損害金三〇〇万円合計三五七五万円及び右各損害発生の日の後の日である昭和五六年一月一九日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、かつ、被告田島は、原告に対し、本件取引(八)の予約金相当の損害金二〇〇万円及び損害発生の日の後の日である昭和五六年一月一九日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の被告両名に対する本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文の各規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 富越和厚 伊藤茂夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例